アリ・アスター監督の「ミッドサマー」はスウェーデンのホルガ村という架空の場所を舞台にしたホラー映画だ。
あらすじ他は有名すぎるのでここでは割愛。
ヒロインのダニが彼氏のクリスチャン(!)の浮気を目撃して号泣するシーンで、ホルガ村の女たちはダニと共に泣く。クリスチャンが村の娘と番う(Mateという単語を使われていたので、本当に動物の雄と雌の交接としか扱われていないと考えあえてこの動詞を使います)ときも彼らの周りを裸の女たちが取り囲み、全員でその場を共有していた。
たぶんとても奇妙なシーンだと思う。
ところで、私はキリスト者しか教師になれないミッションスクールに通っていたのだけど、そこでは毎年泊りがけで修養会(英語ではリトリート)が行われていた。だいたい偉い牧師の話を聞いてみんなで感想を言いあったり牧師に質問したりするイベントだと思ってもらえればいい。正式には、日常生活から退却して(Retreatという単語本来の意味)キリスト教の信仰をきちんと考えようといった感じなのかな。
たぶん中学3年生のころ、修養会のなかで生徒の中から受洗者を壇上に立たせ「証」と称するキリスト者が人生の経験を共有するような場がもたれた。生徒A、生徒Bとなぜかみな辛い経験を語らされていたのだけれども、涙でつっかえながら話を続ける生徒を見ながらすすり泣く声が聞こえてきたり、応援する声が聞こえてきたりと、会場は独特の一体感に包まれていた。私はいつも一体感とか言い出すイベントごとがうんざりだったし、牧師の「お話」の最中もずっと寝ていたのでどうにも盛り上がれなかった。その子たちのことや、周りの生徒が嫌いなわけではない。でもその場で感じた居心地の悪さは、事あるごとに顔をのぞかせた。
「ミッドサマー」で描かれたカルト宗教は極端に戯画化されているものの、現実世界に存在する無数の「そういう場」を表現しているのではないかと感じた。この映画を見ることで生み出される「こいつらヤバい」という空気すらメタく認知すれば同じようなものなのかとも。カルトとみなされる側にいるかそうでないかの違いでしかない。今後どっちに行くかわからないけれど、できれば自分が呼吸しやすい場所で生きられますように。

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